患者の声を政策へつなぐ

厚生労働副大臣/衆議院議員/医学博士 仁木 博文 先生

少子高齢化や医療費の増大、医療人材の不足などを背景に、わが国の医療は大きな転換期を迎えています。こうした中、持続可能な医療を実現するためには、制度改革を進めるとともに、医療の本質や国民一人ひとりの意識についてあらためて考えることがこれまで以上に求められています。臨床医として長年にわたり患者や家族と向き合い、その後、制度づくりに携わる立場となった仁木博文氏に、患者中心の医療への思い、政治の道を志した原点、そして次世代へ引き継ぐべきわが国の医療のあり方についてお話を伺いました。

患者の人生に寄り添う医療を目指して

「医療とは何か」と問われたら、仁木先生はどのようにお答えになりますか。

医療とは何か――。いきなり大きなテーマですね。
私は、医療とは人の命と人生を支える高度な専門技術だと考えています。その医療を担うのが、医師をはじめとする医療者です。
では、その医療の主役は誰なのでしょうか。医療を提供する医師でしょうか。それとも、医療を受ける患者でしょうか。

私が医師になった約 30 年前は、病気にかかっているのは患者本人であるにもかかわらず、治療の主導権は医師が握っていました。医師と患者の間には医学的知識や経験に大きな差があり、医師が最善と考える治療方針を提示し、患者はそれに従うという医療が一般的だったのです。当時の医療は、「メディカルパターナリズム」という考え方が中心でした。

それから約 30 年が経ち、わが国の医療は大きく変わりました。現在は、患者中心の医療である「ペイシェント・センタード・メディスン」という考え方が広く浸透しつつあります。情報量や経験に差があったとしても、医療の主役はあくまでも患者です。医療者は患者にわかりやすい言葉で十分に説明し、患者自身が納得したうえで治療を選択する。そのような医療こそが、私は理想的な姿だと考えています。

そうした考え方は、どのように身につけられたのでしょうか。

臨床の現場で患者やご家族と向き合ってきた経験が、大きかったと思います。当時は、例えば「認知症がなくても、90 歳を超える患者には手術を行わない」といった治療方針が一般的でした。医師は医学的な判断をもとに病状や治療方針を説明し、「これでよろしいでしょうか」と確認します。すると患者は「先生にすべてお任せします」と答えることが少なくありませんでした。

もちろん、それも患者の意思による選択です。しかし私は、どこか違和感を覚えていました。治療方針は、その人の病気だけではなく、命や人生、価値観にも深く関わるものです。本来であれば、自分の身体や治療については、自分自身が主体的に決めるべきではないかと考えたのです。そこで私は、医師は病状や予後を含めたさまざまな選択肢を提示し、その情報を踏まえて患者自身が治療方針を決定する――そうした医療を目指したいと思うようになりました。

臨床の現場から、医療を取り巻く社会の課題も見えてきたのですね。

はい。臨床経験を重ねるにつれ、医療の「理想」と「現実」の間には、大きな隔たりがあることを痛感するようになりました。

当時は、国内で未承認の医薬品を使用すると、入院費を含めた医療費全体が自己負担になる仕組みでした。あるとき、高校生の子どもを持つ女性が、国内未承認の抗がん剤に最後の望みを託したいと希望されました。しかし、その治療を選択すれば、投与期間にあたる約6か月間にわたり医療費の全額を自己負担しなければなりません。そのとき、子どもは「僕は大学には進学しない。進学のために貯めてくれたお金を、お母さんの治療に使ってほしい」と話しました。一方、お母さんは「何を言っているの。あなたの大切な人生だから、そのお金で大学へ進学してほしい」と話されました。私は、そのやり取りを目の前にしながら、何もできない自分に強い無力感を覚えました。患者が望む治療があったとしても、医療制度という現実の壁によって、その希望をかなえられないことがあります。それは医学だけでは解決できない問題でした。

そのような場面に遭遇するたび、「患者やご家族と苦しみも喜びも共有してきた自分だからこそ、この声を社会へ届けなければならない」と強く思いました。医療制度を変えるには、診療の現場だけでは限界があります。制度づくりに関わる立場に立たなければ、社会課題は解決できない。その思いが次第に強くなり、政治の世界へ進む決意を固めました。

実際に国会議員になられて、医療に対する見方は変わりましたか。

医療に対する考え方そのものは変わっていません。むしろ、臨床医として感じていた社会課題は間違っていなかったと実感しています。

一方で、制度を変えることの難しさは、政治の世界に入って初めて痛感しました。医療制度を一つ変えるにも、多くの立場の方々との調整や合意形成が必要です。理想を掲げるだけでは前に進まず、一歩一歩積み重ねていく地道な作業が求められます。

だからこそ、現場で聞いてきた患者やご家族の声を忘れることなく、その声を政策という形に変えていくことが、自分に課せられた使命だと考えています。

医療は社会全体で支えるもの

持続可能な医療を実現するために、国民一人ひとりに求められることは何でしょうか。

国民皆保険制度は、わが国が世界に誇る仕組みです。この制度があるからこそ、誰もが経済的な事情に左右されることなく、必要な医療を速やかに受けることができます。私は、この大切な制度を持続可能なものとして、次世代へ確実に引き継いでいかなければならないと考えています。

一方で、その財源は国民一人ひとりの負担によって支えられています。医療は社会全体で支える共有財産であり、「サービスを提供する側」と「受ける側」という一方向の関係ではありません。もし「医療はサービスである」という意識だけが強くなれば、医療を社会全体で支えるという視点とのバランスが損なわれかねません。

現在は、社会保障費という限られた財源に加え、医療現場では深刻な人手不足が続いています。地域医療は危機的な状況にあり、中小病院の倒産や基幹病院の統廃合・移転なども各地で報じられています。こうした課題に対応するため、行政はさまざまな制度改革を進めていますが、持続可能な医療を実現するためには制度改革だけでは十分ではありません。国民一人ひとりが、健康なときから医療や社会保障制度に関心を持ち、「医療は社会全体で支えるもの」という意識を共有することも欠かせないと考えています。

健康リテラシーが医療の未来を支える

持続可能な医療を実現するために、健康リテラシーの向上はどのような役割を果たすので しょうか。

 

制度改革と並行して進めるべきなのが、国民一人ひとりの健康リテラシーの向上です。自分の身体や病気について正しい知識を身につけ、その知識を日々の行動へ結び付けることで健康寿命の延伸が期待できます。健康な人が増えることは医療資源の適切な活用につながり、結果として社会保障制度の持続可能性を高めることにもつながります。

その基盤となるのが、子どもの頃からの教育です。人格形成の時期に、命や健康について学ぶ機会を十分に設けることが重要ではないでしょうか。現在でも学校では、性教育やジェンダー教育、命の授業、多様性に関する教育などが行われていますが、それだけでは十分とは言えません。

座学だけでなく、人と人との触れ合いを通して学ぶ経験も、人間として成長するうえで欠かせません。生身の人間と向き合い、自分と他者との違いを知ることでアイデンティティが育まれます。その過程では意見がぶつかり、悩み、ときには対立することもあるでしょう。しかし、それもまた他者への理解や尊重の心、社会性を育む大切な経験です。

将来的には、保健体育や生物などの学校教育の中で、身体や病気に関する基礎知識を体系的に学べるカリキュラムがさらに充実することを期待しています。その知識を土台として、一人ひとりが主体的に健康づくりへ取り組むことが、将来の医療を支える大きな力になると考えています。

 

次世代に向けて、わが国の医療が最も守るべき価値は何だと思われますか。

私は、わが国の医療が最も守るべき価値は、「誰もが必要な医療を安心して受けられること」と考えています。その根底には、人の命と尊厳を大切にするという人道的な理念があります。

その理念のもと、誰もが必要な医療を安心して受けられる社会を支えているのが、国民皆保険制度です。この制度を次世代へ引き継いでいくためには、時代の変化に応じた制度改革に加え、国民一人ひとりが医療は社会全体で支えるものだという意識を持ち、健康づくりや健康リテラシーの向上に主体的に取り組むことも欠かせません。

医療は、自分や家族の命を守るだけでなく、社会全体の安心を支える基盤です。人の命と尊厳を大切にし、誰もが必要な医療を安心して受けられる社会を将来にわたって守っていくこと。それが、次世代に向けて、わが国の医療が目指すべき姿だと考えています。

※インタビューの記事内容は仁木博文先生個人の見解です。

 

仁木 博文 先生 (にき・ひろぶみ)

1991年  東京大学教養学部基礎科学科 卒業
1997年  徳島大学医学部医学科 卒業
2009年  衆議院議員当選(第 45 回)
2014年  徳島大学大学院 医学博士取得
2021年  衆議院議員当選(第 49 回)
2024年 衆議院議員当選(第 50 回)
     厚生労働副大臣(第 2 次石破内閣)
2025年 厚生労働副大臣(第 1 次高市内閣)
2026年 衆議院議員当選(第 51 回)
     厚生労働副大臣(第 2 次高市内閣)