実はすごい!
日本の 国民皆保険制度

前内閣官房参与/元環境大臣/医学博士 鴨下 一郎 先生

国民皆保険制度は、病気になったときに、誰もが安心してお医者さんにかかることができるという制度です。国民皆保険制度は健康を守り、暮らしに安心をもたらします。日本が世界有数の長寿を誇るのも、国民皆保険制度があることが理由の1つと考えられます。
しかし、国民皆保険制度は今、崩壊しかねない危機に直面しています。その理由は、年々増え続ける国民医療費によって、制度の維持と継続が困難になりつつあるためです。今後も国民皆保険制度を守り続けていくために、私たちに何が求められるのでしょうか。
長く衆議院議員を務められた医師の鴨下一郎先生に、国民皆保険制度を守ることの意義とその対策を中心にお話を伺いました。

わたしたちの大切な医療制度

「国民皆保険制度」とは、なんですか?

国民皆保険制度は、簡単にいうと「病気になったときに誰もが安心してお医者さんに診てもらえる」という日本の社会保障の仕組みです。国民全員が公的な健康保険で守られ、どのお医者さんに診てもらうかを自由に選べる「フリーアクセス」で、病院の窓口では診療にかかったお金のうち1〜3割を払うだけでよいことなどが国民皆保険制度の主な特徴です。

どんなに元気な人でも、いつかは病気になります。年齢を重ねると不調がでてお医者さんに診てもらうことが多くなります。眼科や歯医者さんにかかることは、若い人でもよくあるでしょう。病気にならなくても、ケガをすることもあります。ある日突然、がん、心臓病、脳卒中のような重い病気になるかもしれません。生きているかぎり、いずれ医療のお世話になる日があります。そういうときに安心してお医者さんにかかることができるのは、日本に国民皆保険制度があるからです。

国民皆保険制度の誕生

ほとんどの人にとって国民皆保険制度は、生まれたときからすでにある、身近な制度でしょう。しかし、国民皆保険制度ができたのは1961(昭和36)年ですから、案外、新しい制度です。昔の日本では、自分で対処できそうな症状はお医者さんにかからずに治すという考えがあり、どの家庭にも、風邪薬や胃腸薬や塗り薬などが箱に入った「配置薬」と呼ばれる箱があり、子どもが「お腹が痛い」と言えば、親や祖父母が「この薬を飲みなさい」と箱からお薬を出してくれました。国民皆保険制度がなかった頃は、保険に入っていない人がたくさんいて、病気になると、お医者さんに診てもらうために、朝から晩まで働いてお金を稼ぎ、家族が離れ離れで暮らしたり、家を売ることすらあったのです。

そんなことにならないようにしましょうということで考えられたのが、国民皆保険制度です。あらかじめ国民みんなでお金を出しあって大きなお金を作り、いざ病気になったら、そこからお金を出すようにする。こうすれば、みんながお医者さんに診てもらえます。

国民皆保険制度ができたおかげで、病気になっても安心してお医者さんにかかれるようになったのです。2023年版の世界保健統計では、日本人の平均寿命は男女合わせて84.3歳で世界一です。国民皆保険制度は、現在に至るまで人々の健康を支えています。

国民皆保険制度が危ない

なぜ国民皆保険制度の存続が危ぶまれているのですか?

国民皆保険制度ができて60年以上になります。そのあいだに社会も生活も意識も変わりました。今後も国民皆保険制度を続けていくために、見直したほうがよいところがでてきています。

いちばん大きな問題は、医療費が年々増え続けていることです。医療費とは、お医者さんで診てもらったときにかかる、お薬や検査を含めたすべての費用です。国民皆保険制度では、主に国民が納める保険料と、国や都道府県、市町村が負担する税金などから医療費を支払っています。今も昔も医療にはそれなりにお金がかかりますが、みなさんがお医者さんにかかったときに窓口での支払いが安く済む理由は、保険料や税金などによる補助があるからです。ところが、医療費が年々増え続け、保険料や税金で医療費をまかなうことがだんだん難しくなってきています。このままでは、いずれ国民皆保険制度を続けていけなくなるかもしれません。

なぜ年々医療費が増えるので

医療費が増えていく大きな理由の1つは、少子高齢化です。人口のバランスが変化し、保険料を納める働き手が少なくなりました。一方で、高齢になると治療が長く続く慢性疾患が増え、1人でいくつも病気を併せ持ち、医療費がかかります。少子高齢化が進めば進むほど、入ってくる保険料よりも、使われる医療費のほうが多い状態が続きます。

そして、実は医学の進歩も、医療費が増え続ける理由の1つです。年間何千万円もする、高価なお薬もでてきました。それだけで医療費は何億円もかかってしまいます。もちろん医学の進歩は望ましく、これまで治療できなかった病気が治せるのは画期的なことですが、医療費のバランスがとりづらくなっています。

さらに「コンビニ受診」も問題です。「コンビニ受診」というのは、病院が通常の診療を行っていない休日や夜間に、今すぐ治療が必要というほどの状態でないにもかかわらず、緊急の診療のために用意された救急外来を受診することです。まるで24時間営業のコンビニエンスストアで買物でもするように、気軽に病院を受診するところから名付けられた俗称です。国民皆保険制度の利点は、医療保険証を持っていれば、病気になったときにいつでもお医者さんに診てもらえることです。

国民皆保険制度を守るために、私たちにできることは?

比較的軽い病気は、お医者さんにかからないで、薬局で市販薬を買って自分で治すという、セルフメディケーションの活用もよいと思います。「病気かな?」と思ったときに、お医者さんに診てもらう病気か、それとも薬局でお薬を買って様子をみるセルフメディケーションか、ひとりひとりが適切に判断できるようになるとよいですね。

ドイツには「予防の1マルクは病気の3マルク」ということわざがあります。予防は安い金額でできるけれども、病気になるとお金がかかるという意味です。健康を守る第一歩は、自分のカラダの状態に関心を持ち、予防の意識をもって日常生活を送ることです。

自分らしい豊かな生活習慣を

健康づくりへの応援メッセージをお願いします。

今は国民皆保険制度のありがたみは、あまり感じられないかもしれません。でも、もし国民皆保険制度がなくなり、病気になったとき、お金持ちだけがお医者さんに診てもらえるとしたら、どうでしょう。お金がない人は、熱や痛みがあっても我慢しなければいけないとしたら。国民皆保険制度があることを当たり前と考えず、すべての国民が協力して、今後も国民皆保険制度を守っていかなければなりません。

健康であれば、やりたいことができるし、毎日おいしくご飯が食べられます。行きたいところにも行けます。病気になるとこうしたことが自由にはできなくなります。健康を守るために、運動、栄養、休養のバランスが大切です。軽い運動を定期的に続け、いろいろな種類の食べ物を食べ、寝不足を避け、疲れたらカラダを休めましょう。

ただし、もう1つ頭に置いてほしいことがあります。それは、少し矛盾するかもしれませんが、健康にあまりとらわれすぎないということです。健康だけを追求し、日常生活から自由がなくなってしまったら、これもまた豊かな生き方とは言えないでしょう。

健康が人生の基盤になることを忘れず、自分に合った健康な生活習慣をひとりひとりが自分で考えることが大切だと思います。

鴨下 一郎 先生 (かもした・いちろう)

1979年  日本大学大学院医学研究科 修了
1993年  衆議院議員 初当選
2007年  環境大臣・地球環境問題担当(安倍内閣)
2008年  洞爺湖サミットG8環境大臣会合で議長を務める
2018年  自民党社会保障制度調査会 会長
2021年  新型コロナウイルスに関するワクチン対策PT 座長 
2021年  政界引退(9期、28年)
2022年  春の叙勲にて旭日大綬章 受章
2023年  内閣官房参与 就任