自分のカラダに
興味をもとう
国立成育医療研究センター
理事長 五十嵐 隆 先生

健康は「身体的・心理的・社会的にすこやか」であることです。
そのためには、健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解し、活用する能力である「健康リテラシー」を高めることが大切です。
健康リテラシーを身につけると、正しい情報に基づいた選択が可能になり、病気やケガを避ける生活習慣を得て、生涯にわたってリスクを減らし、心の健康や、周囲の人を大切にすることなど、生活の質を高めることが期待できると考えられています。
本日は、健康とは何か、そして健康を大切にすることの意義を中心に、国立成育医療研究センター理事長の五十嵐 隆先生にお話を伺いました。

日本の子どもの健康課題
日本の子どもの健康の問題点を教えてください。

2020年のユニセフ報告書の「子どもの幸福度」によれば、日本の子どもは、OECD(経済協力開発機構)に加盟する先進国38ヵ国中、身体的健康(子どもの死亡率、過体重・肥満の子どもの割合)は1位、精神的幸福度(生活満足度が高い子どもの割合、自殺率)は37位でした。日本の子どもは、身体的健康は世界一ですが、心の健康は下から2番目という結果です。このギャップは問題だと思います。
日本には国民皆保険制度があり、病気になったら病院で適切な治療を受けることができます。また、学校健診において身体の健康や成長を管理する体制が整備されています。
ところが、子どもの精神状態や社会性の問題を日常的に把握し、子どもが悩んでいたら速やかに対応する仕組みは確立されていません。学校にはスクールカウンセラーがいますが、複数の学校をかけもちして、子どもがスクールカウンセラーに悩みを相談できる信頼関係を築くことは難しいようです。
日本は身体の健康を守る体制は整っていますが、子どもの心の健康や社会環境を評価する体制は不十分といえます。その結果、先進国中で精神的幸福度が37位、子どもの自殺率も高いという状況をもたらしているのではないかと思います。
子どもの健康に影響を与える要因を教えてください。
子どもの健康に影響を与える重要な要素(健康の社会的決定要因)は「健康資本」「生活習慣」「教育」「社会経済的環境」です(図1)。

図1:子どもの健康に影響を与える重要な要素(健康の社会的決定要因)
「健康資本」とは、親からもらったカラダのことです。カラダを大事にすることが健康につながることは誰もが理解できると思います。
「生活習慣」とは、例えば、食後に必ず歯を磨くとか、できるだけ偏りなくいろいろなものを食べるとか、こうした生活習慣を子どもの頃から身につけることが大切です。
そして「教育」です。さまざまな情報を検索、アクセス、理解、評価し、活用して、正しい情報に基づいた選択を行い、対処する能力を身につけ、健康を維持するためには、教育はきわめて重要です。
最後に「社会経済的環境」です。子どもは成長する過程で、さまざまなことを体験し、それまで知らなかった新しい世界を見たり聞いたりすることが欠かせません。子どもがおかれている家庭の考え方や経済力によっては、そうした機会に恵まれず、学校の行事以外でどこかに連れて行ってもらったり、新しい体験をしたりする機会がもてない子どももいます。子どもを取り巻く社会経済的環境も、子どもの健康に影響するのです。
胎児期から高齢期まで生涯を経時的に捉えた健康づくり(ライフコースアプローチ)が大切です。

自分のカラダは 健康への興味の入り口
子どもが自分のカラダに興味をもつことで、期待できる良い効果を教えてください。

子どもにとって、自分のカラダは身近な存在です。身長が伸びたり、昨日までできなかったことができるようになります。このとき、子どもは自分の成長の過程や変化を実感し、嬉しくなります。子どもが自分のカラダの変化に意識を向けるようになると、自分のカラダをより深く理解し、尊重できるようになります。
カラダの健康を維持するために、適切な栄養、運動、睡眠の重要性を理解し、健康な生活習慣が基盤となります。そして、病気やケガを防する行動や、健康問題が起こった場合の対処法を学ぶ機会があれば活用します。例えば、感染症予防のための予防接種、手洗いの重要性、ケガの応急処置などを身につけることで、安全に行動する能力が向上します。
もうひとつ、大切なことを付け加えれば、カラダと心は分けることができないということです。子どもがカラダに興味をもてば、その関心はカラダのみにとどまらず、自分の心にも向かうということです。子どもは、心も大事にするということになると思います。健康な身体イメージをもつことで自己肯定感が向上し、身体と精神の健康に良い影響を与えます。
カラダの違い(個人差や男女差)を知ることで、期待できる良い効果を教えてください。
健康なカラダという概念は、決して画一的なものではありません。メディアで目にするような、すっきりと痩せていて脚がきれいな女性や、筋肉質で日焼けしている男性だけが、健康なカラダのイメージではないということです。カラダを深く理解するうえで大事なことは、カラダのイメージは多様であると認識しておくことです。
例えば、子どもは思春期になると、性ホルモンの分泌によって、二次性徴というカラダの変化が起こります。二次性徴の始まりには個人差があり、早く起こる子どももいれば、遅い子どももいます。女性は二次性徴の始まりが早く、小学校5〜6年生では男性より身長が伸びますが、女性は早く成長して早く成長が止まります。男性は女性に比べ二次性徴による性ホルモンの分泌が遅く、17歳〜18歳ぐらいまで身長が伸びますから、男性の方が背は高くなるわけです。
カラダの違いを通して、成長に伴う身体の変化や成長に対する理解を深めるだけではなく、個人差や男女差などを知ることで、みんな違ってよいのだという多様性を尊重する意識を養うことができます。他人を尊重することは、健康的で持続可能な人間関係を築く土台となります。

健康ってなんだろう?
「健康」は、どのような状態のことですか。

世界保健機関(WHO)によって、健康は「身体・心理・社会的によい状態 (biopsychosocial well-being) 」と提唱されています(図2)。

図2:健康は身体的・心理的・社会的に良い状態(biopsychosocial well-being)
WHOによるこの定義を踏まえ、現在、米国小児科学会でも身体・心理・社会的、少なくとも3つの観点で健康であることを目指そうということになっています。
「身体」(biological)には、年齢や性別、遺伝的素因、身体的健康が含まれます。「心理」(psycological)は、情緒、信条、心の健康などです。そして、「社会的」(social)には、対人関係、社会からの支援、経済状況が含まれます。
特に、遺伝的素因、身体的健康、心の健康、対人関係、経済状況は、子どもの健康に大きく影響すると考えられています(図3)。

図3:健康に影響を与える要因(Biopsychosocial Model)
「遺伝的素因」「身体的健康」「心の健康」「対人関係」「経済状況」は、子どもの健康に大きく影響すると考えられています。 (Green BN: J Chiropr Humanit 2013;20:1-8を改変して引用)
WHOの健康の定義「身体・心理・社会的によい状態 (biopsychosocial well-being) 」は決して新しい概念ではありませんが、日本では一般に広く受け入れられ、定着しているかといえば、そうはいえないように感じます。
しかし最近、日本の子どもの教育においても、身体・心理・社会的この3つの健康が大事であり、子どもの頃の健康状態が、成人になってからの健康・寿命にも影響するという考え方が広まりつつあります。成育基本法やこども基本法など、子どもの成育に関する基本的な法律にはこの3つの言葉が全部入っていますし、将来は高校の保健体育の教科書にもこの健康の定義が採用されるかもしれません。
健康リテラシーとは?
健康リテラシーは、健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解して活用する能力のことです。健康リテラシーを身につければ、正しい情報に基づいた選択が可能になり、生涯にわたってリスクを減らし、生活の質を高めることができます。
健康リテラシーは健康の重要な社会的決定要因であり、健康の不平等(健康格差社会)を解消するための強力なスキルになります。子どもの頃から健康リテラシーに触れ、育むことで、個人に役立ち、さらに日本の社会全体が良くなることにもつながると思います。
五十嵐 隆 先生 (いがらし・たかし)
1982年 東京大学医学部附属病院 小児科助手
1985年 ハーバード大学ボストン小児病院 研究員
1991年 東京大学医学部附属病院分院 小児科講師
2000年 東京大学大学院医学系研究科小児医学講座 小児科教授
2004年 東京大学医学部附属病院 副院長
2012年 国立研究開発法人国立成育医療研究センター理事長