医療の知見を教育へ
─医師議員が語る「生きる力」の育て方
外務副大臣/衆議院議員/医学博士 国光 あやの 先生
現代はかつてないほど情報が過剰な社会です。そこには、正しい情報だけでなく、誤った情報や偽りの情報も含まれています。現代社会で生きていく私たちは、情報の洪水の中から正しいものを見極める力が不可欠となっています。
健康や医療に関しても同様です。正しい情報を見出し、理解し、活用する能力が必要です。まさにそうした力こそ、健康リテラシーなのです。健康リテラシーは子どもの頃から意識して養うことが大切です。
今回は、医師でもある国光文乃衆議院議員に、健康リテラシー向上の意義と子どもが主体的に未来を切り開く力についてお話を伺いました。

健康リテラシーの重要性
健康リテラシーを身につけることは、なぜ大切なのですか。

健康リテラシーは、健康的な生活習慣を身につけるためのカギとなります。
私は国会議員として働く一方で、現在も内科医として診療にあたっています。臨床の現場では、「患者さんの健康リテラシーがもう少し高ければ、ここまで病状が悪化しなかったのに」と感じることが少なくありません。
また、保護者として参画しているPTA活動を通じて、子どもの健康に関する相談を受ける機会も多くあります。健康リテラシーが高ければ、体調の異変を感じたときに早めに医療機関を受診し、病気の予防や健康維持につながります。つまり、健康リテラシーは質の高い生活を維持・向上させるために欠かせない要素なのです。
子どもの頃から健康リテラシーを育むことが大切なのは、一度身についてしまった不健康な生活習慣を後から直すのが難しいからです。医師としても、母親としても、子どものうちから健康や体への関心を育てていくことの重要性を強く感じています。
さらに、市民全体の健康リテラシーが向上すれば、救われる命も増えるでしょう。救急医療の現場では、突然心臓が止まったときに、一刻も早く胸骨圧迫とAED(自動体外式除細動器)による心肺蘇生を行うことが必要です。救急隊が到着するまでの時間に、倒れた方のそばに居合わせた市民がこれらの救命措置を速やかに実施できれば、救命率は大きく高まります。
近年、AEDの設置は進みつつありますが、「AEDを使える人」を育てることが次の課題です。たとえば「PUSHプロジェクト」(NPO法人 大阪ライフサポート協会)は、胸骨圧迫とAEDの使い方を地域に広めるための教育活動を行っています。こうした取り組みを通じて救命教育を広げていくためにも、健康リテラシーの向上が欠かせないと感じています。

教育現場での取り組みと課題
学校では、健康リテラシー向上のためにどのような取り組みが進められていますか。

平成29〜31年にかけて小中高の学習指導要領が改訂されました。この改訂では「学校は社会から切り離された場ではなく、社会の一部である」という考え方が明確に示され、子どもたちは学校で学んだことを「生きる力」として、予測困難な時代を自ら切り開くことが重視されています。
健康教育の一環として、がん教育や精神疾患教育がカリキュラムに取り入れられたのも大きな変化です。
子どもたちが自分の未来を主体的に築いていくためには、心身の健康が基盤になります。そのためにも、健康リテラシーの向上が制度的に後押しされたことは意義深いと感じます。新たな取り組みが今後実を結ぶことを期待しています。

教育現場での取り組みに課題はありますか。
大きく2つの課題があるように感じています。
1つは、教員自身の健康リテラシーに関する知識や指導力の問題です。たとえ関心を持っていても、専門的な内容を十分に教えられるだけの知識やスキルを備えていない場合があります。これは、教員全体の知識や能力を底上げする取り組みが必要だと思います。
もう1つは、学校と医療専門家とのつながりが希薄な点です。たとえば、健康リテラシー教育の一環として外部講師を招きたいと考えても、適任者を見つけるのが難しい現状があります。
私自身、つくば市でPTA会長を務めていたときに似た経験がありました。保護者から「もっと健康に関する授業を増やしてほしい」という要望を受け、学校に相談したところ、「どなたにお願いすればよいかわからない」とのことでした。つくば市は研究学園都市で大学病院もある地域ですが、学校側には専門家とのつながりがなかったのです。
このような課題を解決するために、専門領域別の外部講師リストを整備してはどうでしょうか。地元に限定しても、全国規模に広げても構いません。保健体育の授業の1コマを活用して講義を行うこともできますし、オンライン授業や収録動画を利用する方法もあります。1テーマあたり50分程度の教材を複数用意し、学校が自由に選択できる仕組みを整えるとよいと思います。
救命措置のように実地訓練が望ましい分野もありますが、まずは子どもたちが「正しい情報に触れる機会を増やすこと」が何より重要です。

正しい情報を見分ける力
健康や病気に関する正しい情報を見分けるために、どうすればいいのでしょうか。

最近は、誤った情報や虚偽の情報があふれ、社会問題になっています。健康や病気に関しても例外ではありません。たとえば、がんのように生命に関わる病気を患ったときに、SNSや知人の勧めなどをうのみにして、十分な科学的根拠(エビデンス)がない治療法を「正しい情報」と信じて受け入れてしまうことは、とても危険です。
健康や病気に関する正しい情報を見分ける力は、健康リテラシーの重要な要素のひとつです。そしてこれは、子どもの頃から少しずつ身につけていくべき力だと思います。
一方で、情報を発信する側にも責任があります。コロナ禍では、新型コロナワクチンに関する誤情報がSNSなどで数多く拡散されました。現在では、プラットフォーム事業者も信頼性の高い情報を上位に表示するよう工夫しています。たとえば、「コロナ」や「ワクチン」といったキーワードで検索したときに、研究機関の代表者や学会の理事長など、専門性の高い発信者のコメントが表示されたり、動画共有サイトでも厚生労働省や専門家による解説が先頭に並ぶような取り組みが進んでいます。
それでも、子どもの判断力は大人に比べて未熟であり、大人でも正しい情報を見極めるのは容易ではありません。そこで提案したいのは、国や都道府県、市町村といった行政機関、あるいは医学会などの公的機関が、「これが信頼できる情報です」というお墨付きを与えた公式リストを分野別に整備することです。
そして、健康や体に関する疑問を感じたときに、子どもや市民がそのリストにすぐアクセスして調べられるようにしておく。そうした環境づくりが進めば、誤情報から距離を置き、正しい情報に触れる習慣が身についていくのではないかと思います。

「子どもが自分で未来を切り開く力」を身につけるために、何が大切だとお考えですか。
学習指導要領の中に、その答えが凝縮されていると思います。
文部科学省が掲げる教育の基本理念のひとつに「生きる力」があります。これは、子どもたちがこれからの社会を自分らしく、たくましく生きていくための総合的な力を意味しています。「生きる力」とは、知(確かな学力)・徳(豊かな人間性)・体(健康や体力)の3つの要素のバランスがとれた人間形成をめざす考え方です。
現代はインターネットを通じて情報があふれる時代です。だからこそ、正しい情報を自ら見極め、分析し、課題を解決する力がいっそう求められています。
健康に関しても同じことが言えます。信頼できる情報を選び取り、自分の健康に生かしていく力──いわゆる「健康リテラシー」を高めることは、子どもたちが自らの未来を切り開くための大切な力のひとつになると考えています。
子どもが自分で未来を切り開く力を身につけたとき、日本社会はどう変わるでしょうか。
子どもたちが自らの未来を切り開く力を身につけたとき、日本社会は、自助・自立を基本としながらも、互いに支え合う「共助」の精神を備えた社会へと発展していくと考えます。
それは、ヨーロッパ型の社会に通じる一面を持ちながらも、日本らしい独自のかたちをもった新しい社会の姿です。
一人ひとりが「私はこう思う」「私はこう考えます」と自らの意見を持ちながらも、他者を尊重し、対立ではなく対話を通じて課題の解決を図っていく。協調と連帯を重んじる日本の文化を背景に、社会全体の成熟度がさらに高まっていくのではないでしょうか。
健康リテラシーの観点からも、学校や地域社会、医療従事者、製薬企業、行政機関など、さまざまな立場の人々が連携し、それぞれの知見を持ち寄って議論を重ねていくことが大切です。多様なステークホルダーが協働することで、制度や仕組みの整備が進み、より持続可能な健康社会の実現につながると考えています。
そして、その基盤にあるのは、一人ひとりが自らの心身に関心を持ち、日々の生活の中で健康意識を高めていくことです。子どもたちが健康について主体的に考え、信頼できる情報を選び取る力を育むことは、病気の予防にとどまらず、「自分の人生をどう生きるか」を考える力の育成にもつながります。
医療の知見を教育現場に生かし、教育の視点を医療に取り入れていく──。この「医療と教育の橋渡し」こそが、これからの日本社会を支える新しいかたちになるのではないでしょうか。

国光 あやの 先生 (くにみつ・あやの)
2003年 国立災害医療センター
2005年 厚生労働省で医療・介護政策に従事
2008年 米国カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)修士修了
2010年 東京医科歯科大学大学院 博士課程修了
2017年 厚生労働省保健局 課長補佐で退任
2017年 衆議院議員 選挙当選(茨城6区)(1期)
2021年 衆議院議員 選挙当選(2期)
2022年 総務大臣政務官
2024年 衆議院議員 選挙当選(3期)
2025年 外務副大臣